<Lilyofthevalley―それぞれの決別>





宮殿を出た俺は、<ガイ>が一緒にこの別の世界に来ていることを知って心底浮かれていた。
だからこの後の展開になんて考えを馳せることはしなかった。

起こること全てが俺が知っている出来事と同じとは限らないのに。





ガイが運ばれた部屋の番号をフロントで訊いて、部屋に向かう。多分、イオンが解呪を済ませてくれている
はずだ。階段を上って部屋の前まで行って一度立ち止まる。浮かれていた気持ちから切り替え、俺はドアノ
ブを捻った。

「ガイ、大丈夫か・・・?」

そっと顔をドアから半分覗かせるようにして室内を見る。ベッドが二つあるうちの部屋の手前側にガイが上体
を起こして座っていた。その傍に少しばかり顔色の悪いイオンとアニスがいた。ドア付近の壁にはジェイドが
表情の読めない顔で立っていて、ティアとナタリアは部屋の真ん中辺りに並んで立っている。
空気が重いのは仕方ないだろう。
俺はドアの隙間に身体を滑り込ませて部屋に入った。
部屋に入った俺へガイはゆっくりと顔を向けた。相変わらず、ガイの青い瞳は暗い色をしている。

「俺はマルクトの人間なんだよ」

「・・・・・・」

「ホドの生き残りさ」

「ガルディオス家の長男、ガイラルディア・ガラン・ガルディオス伯爵、ですね」

「調べてたのかだんな」

「えぇ、気になっていましたので」

苦笑じみた表情でいうガイに、ジェイドはにこりと笑う。ガイは俺から視線を外すとポツリポツリと話し出した。
父上に、ファブレ公爵に一族を殺されたことを。
そして、ファブレ家へ復讐する為に侵入していたことも。淡々と、語っていた。
全てを語り終え、ガイの双眸はまた俺へと向けられる。俺もガイを見つめ返していた。しかし互いにかける言
葉はない。俺からガイに言葉を投げかけることは出来なかった。この世界のガイが、<俺>と賭けをしてい
るのかを知らないし、俺の知っている<ガイ>とも違うのだから。俺から手を差し伸ばすことは出来ない。
そもそも俺は仲を深める気はないのだkら。

「ガイは、ルークといて大丈夫なのですか?」

沈黙を破ったのはジェイドだった。前に進み出て、少しだけ首を左へ傾ける。

「複製品とはいえ、彼はファブレ家の者ですよ」

「あぁ、そうだな・・・」

応えたガイの瞳がより暗い色になった気がした。ガイの唇が弧を描く。
そして、ガイはベッドの傍に立てかけてあった己の刀を手に取って立ち上がった。

嫌な予感がした。

俺は咄嗟にガイの名を呼ぼうとした。しかしそれよりも先にガイの声が室内に響く。

「だから、悪いけど俺は―――」



ヴァンの側に付かせてもらうよ。



「なっ・・・?!」

口にしようとしたものとは全然違う音が俺の唇から零れた。それは俺以外のみんなも似たようなものだった。
流石のジェイドも声こそは出していなかったけど目を見開いて驚いている。
ガイは自分の発言に対しての反応が面白かったのか、喉の奥で笑っていた。

「次に逢った時は殺し合いだ。・・・・・・ルーク」

ガイはそういい残すと部屋を出て行こうとする。みんなは驚きのあまりに身体が動かない、動けない。俺だ
けは横をすり抜けたガイの腕を反射的に掴んでしまった。ガイが不快そうな顔で俺を顧みた。

「離せ」

「な、なんで、だよっ、ガイが・・・復讐したいから、てヴァン師匠のところに行く必要なんか!」

「六神将は今アッシュが抜けた状態でひとり欠けてるんだ」

「・・・、・・・・・・!」

「そこでヴァンから誘われたんだよ。・・・元々ヴァンとは古い付き合いだったしな」

離せ、ガイはもう一度同じ言葉を繰り返した。俺は首を力いっぱい横に振ってガイの腕に縋りついた。

「復讐したいからって、ガイがみんなと別れることなんかないだろ?!」

「・・・・・・」

「・・・っ、俺が、みんなと、別れる」

「ルーク・・・?!」

声を上げたのはイオンだった。俺は必死にガイを留めさせようと言葉を紡いだ。
駄目だ、ガイが師匠たちの方に行くのは絶対に駄目だ・・・!

「それなら、ガイが師匠の方に行く必要は無くなるだろ」

「それはそれは、嬉しい申し出だな」

ガイの掌が俺の頭の上に乗せられた。もしかして残ってくれる気になったのだろうか。そんな淡い期待を抱
いて顔を上げた俺の視界に飛び込んできたのは、ガイの冷笑だった。

「でも、もう遅いよルーク。俺は決めたんだ」

「・・・っ!!!ガイッ・・・!」

俺の腕を乱暴に振り払いガイは部屋の外へ出てしまう。その後を追いかけようとドアノブに手をかけた俺の
肩を誰かが掴んで動きを止めさせられた。俺は何だよと怒鳴りながら振り返った。止めたのはジェイドだっ
た。ジェイドは既にいつもの無表情に戻っていた。それが俺の苛立ちと焦りを煽った。どうしてジェイドはこん
なにも冷静で居られるんだ!ガイが、ガイが行ってしまうというのに!

「はな―――」

「ガイを引き止めるのは無理です」

「なっ・・・!」

「特に、貴方ではね」

淡々と告げられ、俺は絶句した。
俺では、駄目なんだ。ガイを引き止められるのは、俺じゃない。

「なら・・・誰なんだよ」

「恐らくいないでしょうね」

ジェイドは嘆息を零した。戦力が欠けるのは痛手ですねぇ、とかまるで今日の夕飯は嫌いな食材が入ってい
ないと良いなあみたいな口調でいった。
ティアやナタリア、アニスはまだショックから立ち直れていないみたいだ。
そりゃそうだろうな。今まで短い間とはいえ、仲間として一緒に行動してきたひとが突然敵側に回るなんて想
像もしなかったことだろう。ナタリアはガイと幼馴染なんだ。みんな以上にショックが大きかったと思う。ティ
アだって、ただでさえ大好きなヴァン師匠に刃を向けなくちゃいけなくて辛い思いをしているのに・・・。

歯車が狂ったのは、俺がこの世界に来たからなのか?
なにがいけなかったのだろう。
本当に俺ではガイは引き止められなかったのか?
わからない、わからないよ。
俺がみんなから離れれば良いのだろうか?
だけど狂った歯車はきっと元には戻せない。

「・・・何処へ行く気ですか」

ドアノブを捻った俺の背中へ、ジェイドの声がかかる。俺はぐっと腹に力を込めた。そうでもしなければ、また
泣いてしまいそうだったから。
みんなが見えるように肩越しに首をめぐらせる。震える喉を必死に制御して、極力明るい声を出した。

「やっぱ、俺も抜けるわ」

「・・・・・・」

「っ、ルーク、行かないでください・・・!」

「悪いな、イオン」

急いで俺の傍に来ようとしたイオンは、やはり体調が回復していなかったのだろうか数歩進んだところで身
体がぐらりと傾ぐ。それを抱きとめたのはアニスだった。アニスは必死に俺を引きとめようとするイオンの様
子に困惑しているみたいだ。

「じゃあな」

部屋を出る前に、泣きそうな顔をしたイオンへ笑みを向けた。

パタリと閉じられたドア。俺のことを追いかけてくる人はいない。
俺を待っててくれるひと。見てくれているひと。迎えに来てくれるひと。
誰もだれもいないんだ。



「ガイ・・・」

無意識に小さく呼んだ金髪の青年は、一体どっちの<彼>だったんだろう。





俺自身にもわからなかった。


















ルーク・ガイ
パーティから離脱
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12.17